切れ切れ爺さんのつれづれ日記

京都の寺社紹介と多様な社会問題・闘病記等

8月15日 終戦記念日・・・ いろんな問題が

 今日8月15日は終戦記念日。この表現に 違和感や反発を覚える人もいるらしくて、マスコミはただ単に終戦の日などと言う言い方をしている。かつては敗戦の日という表現もあったらしいが、たぶん様々な圧力が働いて、今やこの表現は聞かなくなってしまった。
 日本だけでも軍人や民間人合わせて、約310万人が 亡くなった日本の侵略戦争が 終わった日として、この日は今後ともに語り伝えられなければ ならない。考え方によっては終戦の日を、8月14日、或いは 9月2日 とするような こともあるらしいが、とりあえず8月15日が最も 標準的だと思われるので、自分としてもこの日を終戦記念日として認識している。
 もちろん自分は戦後生まれなので、直接戦争は知らない世代だ。親の世代は何らかの形でこの戦争に関わっている。
 自分の父親は短期間だが、爆撃機パイロットとして南方戦線へ行っている。直接的な戦闘行為の場面には遭わなかったらしいが、最終盤では 特別攻撃隊の要員として あげられていたらしい。本来なら忌み嫌うべき内容の話だが、幼い頃の自分に父親は、さも得意げに自慢するかのように、 パイロットをしていた話を何度も聞かせた 。さすがに小学校高学年とか中学生になると、そんな話を自慢気にする事自体に 違和感どころか、強い拒否感を覚えるようになった。なんでこんなことを自慢げに言うのか。その理由については、自分なりに多分 こうたろうと思うことがあるが、ここでは 触れないでおく。父は高齢になっても自分がパイロットであったことを自慢していたようだ。


 この日は東京の武道館で全国戦没者追悼式が、国主催によって 行われる。天皇や 政府関係者、日本遺族会労働団体代表、マスコミ代表等含め、全国から招待された戦没者の遺族、関係者達が参加する。国主催なので全て公費で旅費等も含めて 賄われる。
 今年も天皇は、戦争への 深い反省と言う表現を用いて言葉を述べたが、 安倍総理は 毎回のことだが 、平和と言いながら、 戦争責任の問題や反省には 一切触れない 。異常に歪んだ宣言のようにしか聞こえない。
 この全国戦没者追悼式には 、いろいろな問題点を感じる。あれこれあるが 、やはり気になるのは、日本遺族会という団体と、靖国神社との関係。一応 、追悼式典自体は 無宗教で 公平中立の立場 のはずだと思うが、実態はそうはなってないのではないかと思う。
 日本遺族会というのは戦後すぐに発足した 団体で、現在では 財団法人となっている。ところが政府は、遺族の人達を代表する団体として正式に認め、国民の財産である国有施設を、無償でこの団体に貸与している。その施設を利用して莫大な収入があるが、それらが 日本遺族会の 収入となっている。と同時に、この団体は自民党の有力な支持団体でもあり、深い繋がりがある。そして 靖国参拝を勧め、憲法を変えることを勧めている団体でもある。そういった意味では極めて偏った国粋主義的な要素を持った 団体で、こういうものを国が 遺族の代表として 認めていること自体が 、問題ではないかと思わざるを得ない 。
 また靖国神社との関係だが 、この追悼式典が 一度だけ靖国神社で 開催されたことがある。
 靖国神社は、戦前のずっと前に、日本国家を天皇を元首とし、国民を天皇の子として臣民と呼び、その臣民がたった一人の天皇を神として 崇められるように、神社の神を超越した 謂わば スーパー神、とも言うべき存在を具現化するために作られた国策神社だ。戦後は単立の宗教法人としての神社になっているものの、その創建の目的から言って、戦争で 亡くなった 軍人軍属を英霊として、そして神となるということを具現化する対象として扱われるようになってきた。ここに言う英霊というのは、軍人軍属だけであって、民間人の犠牲者は排除されている。
 宗教としての神社信仰は神道と言うことになるが、靖国の場合には、国策によるものなので 正しく国家神道そのものである。 戦争で亡くなった軍人軍属を強制的に英霊として祀るということ自体が、戦後憲法の、思想信条の自由とか国民主権などに反するような 行為となる 。しかものÀ級戦犯とされた軍人を同じように 祀るというに至っては、日本国内だけでなく、周辺諸国からの強い反発もあって問題化している。
 こういったものとの関係のなかで 戦没者追悼式がある。これだけを切り離して 語ることはできないはずだ 。そういうところから自分自身は、この追悼式に 極めて強い 不信感を持つ 。
 全国高校野球選手権大会が 行われている期間中なので 例年、この日の昼には 甲子園でも 黙祷が行われる。実は 戦没者追悼についての 法律だったか何かで、全国民に 黙祷するように 進めている。今年の甲子園は 丁度雨だったので、黙祷シーンはなかったが、日本という国がかつて、中国をはじめ、アジア諸国を侵略して行って、 何千万という犠牲者を出させたという事実を指摘しないまま、こんな歪な追悼式が行われると言うこと自体に、不穏なものを感じる。
 政治家たちによる靖国参拝が始まった頃に、昭和天皇はそれをきっかけに 靖国参拝をやめたし、平成天皇は 政治的な発言は できないものの、 強い反省という言葉で ギリギリの 主張をしている。しかし国の中枢である政府の連中は、日本が武力を強化し安保法案によって 武力の行使が具体的にできるような方向に 進めている。こんな中で平和のために、などと言いながら 戦没者追悼式などと言うのは、冒涜にしか 思えない、と言うのが 自分が 実感しているところ。