切れ切れ爺さんのつれづれ日記

京都の寺社紹介と多様な社会問題・闘病記等

《悪夢のような安倍政権が漸く終わった》




◆異様な雰囲気の辞任記者会見


 安倍晋三首相が歴代1位の首相在任日数を記録して、すぐに病気の悪化による辞職となった。

 私個人はブログを始めて以来ずっと、安倍政権の余りものひどさに批判を続けてきた。会見の2 3日前から安倍総理は辞職するかもしれない、といった旨の噂話的なものが報道でも流れていたが、これはおそらく意図的に、ごくわずかにあり得るかもしれないことを安倍政権筋がリークしていたのかもしれない。そして記者会見当日、会見が始まる前からテレビ画面のテロップが、「安倍総理辞職」と出ていた。

 そして総理担当の各メディアの記者たちが間隔を開けながら座って、総理の言葉を待っていた。安倍総理の記者会見が始まる。プロンプト無しで喋ると言うのがよほど珍しいのか、あるいは感動的な場面を演出するためなのかわからないが、こんなことも話題になっていた。

 最初にコロナの問題に関わる話をし、それが終わると今度は、安倍晋三氏本人の持病の問題に移っていく。第一次安倍政権で、やはり持病の悪化で退任し、その5年後第二次政権として返り咲き、約8年間にわたって総理大臣を務めてきた。主に辞職する理由として持病の潰瘍性大腸炎の件について話が割かれていたが、自分自身の行ってきた政策のアベノミクスや外交等様々な内容について、できたこと、途中で終わってしまったことなどを簡単に述べて、最後に(最初だったか?)「国民の皆様には大変申し訳ない」といった趣旨のお詫びの言葉で締めくくった。

 予想通り、自身の政策及び政治において反省するような言葉は微塵もなかった。自分がやってきた事は全て正しかったし、中途半端であっても方向は間違ってなかった、と言わんばかりの傲慢な姿勢は最後まで変わらず、傲慢な姿勢と言うよりは身勝手で自己中でさらにナルシズムが加わっているような精神構造にしか、私には感じられなかった。

 そしてここから、集まった各メディアの総理担当記者による質問コーナーが始まる。各メディアの東京のテレビキー局及び1部の地方局。新聞では全国紙及び1部の地方紙記者。そしてフリーの1部の記者が順に質問をした。

 ところがこの記者会見というのが、1部の記者を除いて、なんともかんともだるいというか、無能というか意味不明というか、個々の記者質問の内容が、はっきり言って何の意味もないものばかりであったということだった。幸か不幸かこの様子はテレビでライブ中継されていたので、大半を見ることができたが、なるほど安倍政権になってメディアはここまで堕落しきっていたのかと言うことが、改めて全国にさらされたと言う結果になったのだ。

 質問内容でまともに安倍内閣がやってきた内容を追求したと言えるのは、フリーの江川紹子氏、そして名前は忘れたが男性のフリーの記者、後どこかの地方テレビ局位なものだった。こういう人たちは安倍政権の行ってきたいわば、負の政策、行政と言うものを追求していた。ところが後の大手のメディアの記者たちは、次の首相候補は誰がいいですか、などと直接安倍晋三氏がしてきたことに触れないような内容を次々と並べていく。何の緊張感もないいい加減な記者会見。大新聞も東京のテレビキー局も、トップが安倍晋三氏に招待されてお食事会に参加し、お話することによって一同馬鹿のように安倍晋三氏に取り込まれてしまったと言うことなのだ。このような堕落しきった政治記者達の姿を見られただけでも、ある意味値打ちはあったのかもしれない。

 上記の1部の本物の記者を除く後の連中には、「恥を知れ」と言いたい。報道メディアが反骨精神を捨て去ると単なる政権の太鼓持ちにしかならないのだ。次の政権になって彼らは変われるのかと言えば、おそらくノーだろう。政権が一旦獲得した法則やルール、やり方といったものは都合の良いものばかりなので、簡単に手放すわけがない。

 そして翌日土曜日の関西ローカル、読売テレビによる「あさパラ」と言う番組があるが、ここには吉本芸人らが主にコメンテーターみたいな形で並んでおり、MCはやはり吉本のハイヒールリンゴ氏が行っている。もちろんこの日のあさパラは最初の話題が、安倍総理の辞職問題だ。コメンテーターの1部に学者などもいるが、この日は読売テレビの解説委員である高岡氏というのがいた。

 彼が真っ先に挙手して怖い顔をして話し始めたのが「私は昨日の記者会見について怒りを禁じ得ない。なぜならたくさんいた記者の中で、長い間総理の職を全うしてきた安倍晋三氏に対して、1人を除いてあとの奴らはお疲れ様の一言もない。記者か何か知らんが、記者である前に奴らも人間だろう。なぜ一言、ご苦労様と言えないのか・・・」と言う趣旨のことを声を荒らげて言っていた。何を1人で興奮しているのか。全くしらけてしまう。

 そしてネット記事を見ていると、弁護士の橋下徹氏が全く同じような趣旨のことを言っていた。長期にわたって苦労されたことに対して、ねぎらいの言葉が必要だろうと言うのだ。なぜこのようなことを各記者は要求されなければならないのか。橋下徹氏のこの言葉は、国民全体にも向けられているような感じがした。こんなことを言うような人たちは皆さん、安倍晋三信者と言うことだ。

 日曜日になってもニュースや情報番組で、次の総理候補の問題とともに安倍政権を振り返って様々なことが報道されている。そのような番組のMC達も特に安倍晋三氏を批判するようなことはしない。基本的には「長い間ご苦労さまでした」との雰囲気が満ち満ちている。つまり辞職した後も相変わらずメディアは、「安倍晋三ヨイショ」を続けているのだ。

 ついでの話。テレビの情報番組のコメンテーターの1部に女性の方だが、安倍晋三氏の最後の言葉を聞いてて目頭が熱くなったとか、涙がこぼれそうになった、などと言っている人たちがいた。どこの何をどうすれば涙がこぼれるのか、さっぱり理由がわからない。私自身はもちろん普通に喜怒哀楽はあるし、歳もとって涙もろさも人並みに兼ね備えている。しかし安倍総理の最後の言葉を聞いてもどの部分においても、涙がこぼれそうになるような場面はなかった。何かこういったことを見ていると、日本国民が安倍晋三氏にすっかり魅了、ではなく「洗脳」されてしまったのではないか、とさえ思ってしまった。

 では私がなぜ、最後の最後の記者会見まで批判的なことを言うかと言うと、次のような理由からだ。


◆安倍政権は日本から「民主主義」を根底から叩き潰した。


 安倍晋三氏が総理大臣になって歴代最高の日数を務めたと言う間に、様々行ってきた政治はこのブログでもあれこれと取り上げている。それらを通して1つにまとめて言ってみると、彼がした事は「民主主義を無視し叩き潰してきた」と言うことになる。

 戦後の日本国憲法において規定された様々な国民の権利や義務、政治に関わる原則的なルールなど、多くのことが規定されているが、基本的にはそれらを無視してきたと言うことなのだ。日本は政治の組織上「三権分立」の制度をとっている。立法権・行政権・司法権。これらの相互作用と相互関係、相互チェック。そして独立性。その中心には国民がいる。これらの仕組みが崩れてしまうと何らかの形で、偏向政治、あるいは独裁政治と言うものになっていく。

 今回は明らかに行政権が極めて強化され、行政をチェックする立法、そして司法までもが弱められた。安倍政権下で多々起こった「不正行為」と言うものに対して、国会の場で追求がなされるが、準備不足の野党。知らぬ存ぜぬでごまかし逃げる総理大臣及び政府。野党側にも鋭い論客というのがいないのか、簡単に逃げられてしまう。様々な不正行為が行われても検察は動かない。かろうじて大阪地検が動いたが、結局捜査打ち切りになった。森友問題のことだ。国民の貴重な血税が不正に使われているのに、当然検察が追求すべきところを止めてしまう。背後には総理及びその夫人の名前と言う強大な圧力がある。

 安倍総理が国会の場で「もし私や妻が関わっていたりしていたならば、総理の職はもとより国会議員の職も辞すると言っておく」とぬけぬけと答弁した。このために政権内部だけではなく、官僚達も含めて安倍総理が辞職しなければならない事態にはできない、との忖度が一層強く働くようになる。

 このような形で次から次へと安倍総理や政権の不正に対して、忖度に基づく嘘の証言、公文書の改ざんといったあってはならない、民主主義の根幹を揺るがすような事態になっていく。憲法改正を、と言いつつ実際には「憲法改悪」だが、報道でも出回っていた事は、これらも安倍総理の個人的な思いをもとにした内容が、9条の平和条項の問題だけではないいわば、国民生活の内容にまで踏み込んだ「日本国民は〇〇であらねばならない」といった足かせまではめようと言うものだ。これでは民主主義ではなくて安倍主義が憲法に記されると言うことになる。

 もうすでに安保法制など様々な「違憲」内容が次から次へと強引に数の論理で自民党公明党によって強行採決されてきた。ところが日本共産党が突然、実際のコピーされた証拠書類を示しつつ大きな問題提起をしてきた。例の「桜を見る会」だ。公金つまり国民の税金が遊びのようなことに使われている。招待された何千人もの人たちの招待基準も曖昧だし、中には裏社会に関わるような人物も招待されている。多くのアイドルや芸人どもも招待されていい気になっている。証拠をつきつけられた安倍総理は、ただ逃げるばかり。時間稼ぎをしてついに国会を閉じてしまった。コロナ問題で全国民が大きな困難に直面していると言うのに、都合が悪くなればさっさと国会を閉じて追求をごまかしてしまう。

 そこには政権の都合だけで、国民のためにと言う発想は全くない。つまりこれこそが「民主主義の否定」なのだ。安倍政権は不正を繰り返したが、その度に内閣支持率は当然下がる。ところが23週間もすれば支持率はほぼ元に戻ると言う現象を繰り返した。報道では安倍内閣に変わる勢力が見当たらない。野党のだらしなさ、といったものが盛んに言われていた。確かにそれは当たっている面もあるだろう。しかし国民全体の中にあきらめムードが漂い、「もうしょうがない」といった声があったのも事実だ。国民全体が安倍政権のやっている内容を良きにつけ悪しきにつけ、知ることができるのはメディアの姿勢と大きく関わってくる。

 果たしてメディアが鋭い追求をしてきたと言えるのかどうか。メディアこそが国民に逆らって、先立って政権に遠慮していたのではないか、忖度していたのではないか、としか思えない。いかに民主主義が形骸化されて以降も、そのことにも気がついてなかったのではないか。そういった点では特に大手のテレビ、新聞のメディアの責任は大きい。その背景にはテレビ局や新聞社に対するある筋からの圧力があったと言われている。またネトウヨと称する連中によって、政権批判の度に総攻撃が行われる。テレビに出演しているまともなコメンテーターの中には、ご本人が経営しているクリニックにも脅迫電話が殺到し、ついにテレビから姿を消さざるを得なくなった人もいる。

 もう挙げたらキリがない。全国の村議会、町議会、市議会等小さなところからでも安倍政権の絶対化が進み、これに反することが言えなくなってしまう雰囲気が蔓延する。おかげで選挙は圧勝。こうしてよってたかって政権を中心に、日本の民主主義は叩き潰されてきたというのがこの8年間だったのだ。

 新聞やテレビ局の記者の中には各省庁担当というのがあるようだ。その人達による話として、各省庁の官僚たちはすっかりやる気をなくして、もうどうでもいいといった雰囲気で、ただ言われた仕事を淡々としているだけと言う状態になっていると言う。政府が内閣人事局と言うものを勝手に作って、省庁の人事権まで握ってしまう。当然のことながら官僚のトップやその近辺は、政権にとって総理にとって都合の良い人物が抜擢され、不都合な人物は左遷となる。別に省庁に限らない。

 安倍政権はマスメディアにも圧力をかけて、特にテレビが影響力が大きいと言うことで、NHK等のニュースキャスターではっきりものを言うキャスターは目障りだと局上層部に圧力をかけ、これも別の部署に事実上の左遷をしていく。後釜には批判コメントとは関係のない上の言うことを100%よく聞く、都合の良いロボットのようなキャスターを就任させる。こんな有様だからこそ、政権の重大問題が起こったとしても、淡々とキャスターが喋るだけで、意見も感想もないし深く追求するようなことも一切ない。政権にとってこんな都合の良い事は無いわけだ。このような形で安倍総理には一切逆らえない状況を作り出し、全てが安倍総理の都合の良いような内容に作りかえられてしまうような、周囲の状況が生まれることになった。その典型的で悲劇的な例が森友問題だ。

 森友問題で都合の悪い書類が出てきて、官僚に公文書の改ざんを指示する。指示を受けた高卒の国家公務員が拒否する。上司も当然それはおかしいと言うことで拒否に賛成した。しかし東京から1本の電話が入っただけで上司の態度は一変。指示された弱い立場の公務員は強い圧迫感等悩みを抱えながら、公文書の改ざんと言うありえないことに手を染めざるをえなくなる。その結果彼は自殺に追い込まれる。当然官僚の1番下の人なので、官僚のトップや政権の人物達、安倍総理らは、そんな事はどうでもいい、知らない事で終わりだ。遺族は現在裁判に訴えている。

 簡単にざっと挙げただけでも枚挙に暇がない。完全に政権の私物化。税金の私物化。よく言われていたお友達内閣。民間人のお友達優遇。これでは北朝鮮のキムジョンウンや中国の習近平と何ら変わらない。ほとんど個人の独裁国家運営と言ってもいいようだ。「国民の皆様のために」と何度も聞かされた言葉は全て、100%嘘に嘘を重ねた言葉に過ぎなかったと言うことだ。本当に国民のために政策をしようとしても失敗する事はあるだろう。あるいは中途半端に終わってしまうこともあるだろう。でもそれが本当に真剣に正攻法で努力した結果であれば、国民も納得できる。しかし不正の上に成り立った疑惑だらけのやり方では納得できないのは当たり前だし、国民はただ単に馬鹿にされているだけなのだ。

 だからこそどんな理由で総理大臣を辞めるにしろ、どんな言葉を言うにしろ、絶対に許すことができないのだ。結局安倍総理は自分のレガシーを残すことができなかった。こんなに長いことやっても理由は簡単だ。上記のように嘘、疑惑、犯罪的行為の上に成り立っていたからだ。こうして安倍総理は悪徳政治家と言う名前をレガシーとして残すことになったのだ。

自民党の国会議員たちは一時的な民主党の政権に対して「悪魔のような」と言う表現を繰り返し述べていたその後の安倍政権は文字通り犯罪的な内容を覆い隠しながらやってきたと言う意味では「悪夢のような」と言う表現すら雨ちょろいものだ私は「犯罪政権」と思っているこんなにもあくどい政権というのがあると言うこと自体日本の恥さらしもいいところだ

安倍総理が辞職するにあたって、テレビニュースでもキャスターたちが様々な表現でものを言ったが、その内容に少しでも安倍総理に対する批判的な表現があれば、ネトウヨによる集中攻撃が始まっていると言う。つまり安倍信者にとってみれば、安倍総理の辞職は難病によるやむを得ないものであり、彼自身は獅子奮迅頑張ってきたまさに神のような存在とでも言いたいんだろう。政権を投げ出した、などと言うのは絶対に許されないと思っているんだろう。だからテレビのニュースキャスターたちのちょっとした発言表現にいちゃもんをつけて総攻撃に走る。これではもはや「自民党宗安倍派信者」と言う新興宗教に見えてしまうと言う滑稽さだ。

 辞職したのを1つの機会として、政権や官庁の連中のために自殺に追い込まれた公務員の自宅を訪問して、線香の1本でもあげたらどうか。と言ってもそんな勇気すらないだろうが。

 安倍総理が辞職してほんと清々した。