切れ切れ爺さんのつれづれ日記

京都の寺社紹介と多様な社会問題・闘病記等

《 日本の行先は「後進国」への転落の道を突き進むのか  ① 》  2023.1.23

  今日の第211回国会における岸田総理の所信表明演説が行われた。昼間はテレビはほとんど見ないので夜のニュースで少しだけ、その内容を伝え聞いたが、以前から言われている内容のものを繰り返しただけだったようだ。



少子高齢化対策について

 以前からずっと言われてるように、日本は危機的な状況にある。人口減少傾向は数十年前から始まっており、当時から一部の識者たちがこの件について、ただ事ではないと様々な意見を発していた。しかしこのことを本気で重要な問題であると考えていた政治家は、いったいどのくらいいるのか。これが由々しき問題であると発言した政治家はいたように思うが、具体的には何もしてこなかった。そして今や日本の人口は、約12500万人を最高値として減少に転じて、この後一気に減っていくことが100%確実となっている。昨年は新生児が80万人台と過去最低を連続で記録しており、今年はおそらく70万人台になるだろうという予測がある。

 私が社会科の教員として教壇に立った頃、地理の学習においては日本の人口ピラミッドは、文字通り綺麗な三角形のピラミッド型をしていた。その頃欧州先進国においては一部、若い人々の人口が減り始め、高齢者が多くて謂わば紡錘型の人口ピラミッドとなっており、このような状況の国は将来的に、活力がなくなっていくというふうなことを授業で言っていたように思う。

 それがいまや欧米諸国は早いうちから、子育て環境の整備に取り掛かり、様々な政策を講じて人口減少を食い止める努力をした結果、人口増に転換した国々も出てきている。ところが日本という国は、出生率の低下が明らかとなり2.0を切った段階で、これから人口減少が進んでいくと言われていたにもかかわらず、ほとんど危機感はなかったようだ。それがいま出生率は1.2という信じ難いほどの低下を見せている。もう間もなく1.1の深刻な数値に近づいていくだろう。



 岸田総理は日本が抱える喫緊の深刻な問題として、この人口減をあげているが、具体策は一体どこにあるというのだろうか。東京都が、独自に新生児一人に対して何十万円か給付すると言う政策を出したが、日本の政治家というのは、とかく金で人の気持ちを釣ろうとする自堕落な性格があるようだ。金さえ出しておけば皆さん喜んで、どんどん子供を作るようになるという浅はかな考え方で、税金からお金をひねり出す。

 根本的な問題というのは、そんなところに金を出すことではないということ自体理解できないほど、政治家どもはバカなのかとしか思えない。背景にある問題は、日本全体の子育てのシステムにある。それは子供を二人三人産んでも育てる際に、様々な保障がなされているかどうかということだ。つまり働きやすい職場環境があって、産休も妻も夫もしっかりと取得できる。復帰後の仕事も場所も保証される。保育園が必要な人数分、行政によって保証される。保育士等の報酬も仕事内容に見合った額が保証される。学校においても基本的な無償化が実施される、などなど様々なシステム上の問題があって、それが不足しているからこそ、安心して子供を産めない、子育てが出来ない、ということにつながっている。そういうことを本当は知っていながらも、政策的に実現しようと思えば大変な金額もかかるし、様々な世間での軋轢を乗り越えて実施する決意が必要な内容となるはずだ。

 だからいつまでたっても政治家たちは本気になれない。口で言うばかり。挙句の果てには、ここのところ人々の価値観が大きく変化し、個々人の自由尊重の中から、今までは考えられなかったような事態が現れていると言い出す。それは結婚観にも子育て観にも現れる。個人的な自由としてあえて結婚を選ばない。パートナーというかたちで過ごす。あるいは独身を貫く。そして LGBTQ と言った生き方の、あるいは性質を含めた価値観の多様性によって、かつての男と女が結婚し、子供2人から3人といった古い価値観というものが変化してきているという状況にある。

 一部政治家の中には、このような価値観の変化が日本の少子化の原因の一つであると主張して、国民のせいにしているきらいがある。つまり国民の考え方のせいで、少子化がここまで進んでしまったのだというのだ。とんでもない論点のすり替えだ。

 別に価値観が多様化しようが、LGBTQの人たちが様々な主張しようが、そのことと少子化を単純に結びつけること自体が、この深刻な問題点の本質を歪めてしまっているということになると思う。つまり多くの人々が、今のこの日本の現状では、結婚しにくい子育てしにくい、たとえ子供を育てるにしても、一人が限界と考えるのが実態だ。そういう実態を生み出しているのが国の政治の貧しさと言える。

 日本全国の自治体の中にはごく一部だが、かなり手厚い独自の条例によって子育て環境を整備し、安心して子育てができる環境を提供している市町村がある。テレビのニュースで紹介されたある町は、出生率が2.7と紹介されていた。これは一組の夫婦が二人または三人の子供を育てていると言う計算になる。インタビューに応じて該当するご婦人方は、わが町の政策の手厚さに安心して子育てができると述べていた。人口規模では小さいかもしれないが、そうした先進事例を参考にしながら、国がどうすればいいのかという具体策を早急に示すことが重要な課題であるはずだ。

 明日以降の国会において、この問題の具体策がどのように提案され論議されるのかが注目される。何十年も前から言われてきたものをほったらかしにしておいて、今頃言ってもはっきり言って遅い。出生率1.2を2.0以上に回復するなどというのは、はっきり言って巨額の費用を投じ、様々な公的施設と私企業等が制度を整えて、同時に様々な産業における収入が生活する上で十分な水準になっていなければ、最低でも子供二人なんて言うのは不可能だ。本気になってこれを実施しようとしても、多分30年40年かかるだろう。その頃には日本の人口は1億人を割っていると思う。やはりどう考えてももはや手遅れと断言できる。

 少子化問題の側面だけを取り上げても、大変なコストがかかるのは明らかなのに、本日の所信表明演説の中では1番目の問題として、「自衛力から反撃能力への転換」という問題が提起されている。なんと驚くべきことに岸田首相は、国会にもどこにも諮らずに日本の防衛費を、 GDP 1%の枠を勝手に2%にして、次年度以降、5年間で金額において44兆円の規模に増やすと明言した。日本の国家予算は年100兆円規模ではあるが、財源が足らなくなるのは必至。子育てにも反撃能力にも莫大なコストがかかり、それをどうやって穴埋めするのか。国債の発行はもはや限界だろう。今や日本国民の一人当たりの借金はとんでもない額になっており、さらに増やすことはできない。従って必然的に増税ということになる。しかも問題は「少子化対策」「自衛隊の反撃能力への転換」だけに終わらずまだあるのだ。



  日本の総合的な国力は、すでに先進諸国の中でも随分下の方に落下しているが、ますますそれが顕著になるのは明らかだ。これからいよいよ日本は「発展途上国」ではなく、「後進国」へ一気に雪崩をうつように転落していくのではないかと思わざるを得ない。


   (画像はTVニュースより)