切れ切れ爺さんのつれづれ日記

京都の寺社紹介と多様な社会問題・闘病記等

蝋梅を探して・・・大蓮寺   京都市左京区   2024.2.4  訪問



『大 蓮 寺
 当寺は慶長五年(一六〇〇年)専蓮社深譽上人により下京区に開基された寺院で、宗派は法然上人の専修念仏の教えを旨とする浄土宗です。
 戦時中の強制疎開によりこの地に移されました。
 本堂には通称あんさん(安産)阿弥陀如来が本尊として祀られています。後光明天皇(一六三三〜一六五四)が安産の祈願を勅命し孝子內親王が無事御出産されたことにより、以降安産勅願所として、女性の信仰を集める事になります。
 開基以来祇園社とも縁が深く、明治の廃仏毀釈の時は同社観慶寺にあった仏像は全て移されており、その中に祇園社本地仏薬師如来(重文)や、洛陽三十三所観音霊場八番の十一面観音、洛陽十ニ社の夜叉神明王等があり、今でも本堂内に安置されております。
 明治・大正時代、都の町を駆け巡った不思議な僧「走り坊さん」の寺としても知られており、最近ではその強靭な足腰に肖るためにお参りする人も増えています。
  京都市』  (駒札より)

 

 当ブログでは寺や神社の花にも目を向けて、それぞれのシーズンになると桜や紅葉を求めて各地を紹介してきた。今年は初めて「蝋梅」を撮影してみることにした。手元には花と寺などに結びつけたような資料は何もないので、ネットで色々と探してみる。さすがに桜や 紅葉などでは大量の情報が見つかるが、蝋梅の花についてはほとんど見つけられない。ごくわずかなネット上での紹介では、必ずと言ってもいいほど「大蓮寺」が出てくる。
 大蓮寺については3年前にこのブログで紹介している。日付は3月になっているが実際に撮影したのは、おそらく 2月だと考えられる。ということは今回紹介するのとほぼ同じ時期に撮影したものとなる。見てみると何と見事に蝋梅の花が映り込んでいた。植物にはほとんど疎い状態の私にとってみれば、綺麗な花が咲いていた、という程度の認識で当時はその花の名前すら知らない有様だった。その後お寺や神社の撮影において綺麗な花が咲いていれば 撮影するようになっており、少しは知識も広まった。
 そういうわけで今回の大蓮寺については、 3年前とほぼ同じような状態の紹介ということになってしまう。結果的にはそうであっても、今回はあくまでも蝋梅をバックにしたお寺のお堂が映り込んでいるといったものであり、花が主役というつもりで掲載する。

  

 大蓮寺の歴史は西暦で1600年。関ヶ原の戦いのころであり、この直後に徳川家康による全国統一が成立し江戸幕府が開かれる。しかしまだ豊臣氏との争いの決着はついておらず、 戦国時代最後の大きな戦いが行われようとしていた頃だ。この大蓮寺に限らず戦国時代の末期から江戸時代初期にかけては、かなり多くのお寺が創建されている。戦国武将たちの戦いが収まりつつあった頃であり、世の中に平穏な雰囲気が訪れようとする頃であり、そんな中 各地で寺院の創建が相次いだのだろう。大蓮寺はその名前の通り境内には大きなハスを咲かせるための鉢がある。春の終わりから初夏にかけて、これらの多くの鉢からハスの花が咲き誇ることになる。非常に数が多いので壮観と言える。なお、蝋梅の花は境内の1箇所に見られた。黄色い花なのでそれなりに目立つとは言えるが、規模が小さく「 蝋梅のお寺」とまでは言いにくいと思う。