
『真宗興正派 本山興正寺
当寺は、阿弥陀如来を本尊とし、親鸞聖人を開祖とする真宗興正派の本山である。
興正寺の寺号は、日本に仏教をひろめた聖徳太子の事績にちなみ、「正しき法を興しさかえさす」との意味が込められている。
創建は鎌倉時代にさかのぼり、京都の東、山科の地に建立されたと伝えられている。
南北朝時代、寺基は、山科から渋谷へと移り、その際、阿弥陀仏の放つ光明にちなみ、寺号を 「佛光寺」と改めた。 佛光寺は多くの門徒をかかえ、隆盛を極めた。
室町時代、蓮教上人は、本願寺蓮如上人と歩みを共にし、佛光寺を弟に譲り、再び山科に 「興正寺」を興した。
その後は、本願寺と歩調を合わせ、度重なる移転にも行動を共にした。桃山時代、現在の地 へ移転したのも本願寺との深い関係を示している。
明治九年(一八七六)には、真宗興正派の本山となり、現在も「興隆正法」という願いのもと興正寺の歩みは続けられている。
京都市』 (駒札より)

雨が続く日々の貴重な曇りの日。カメラを持ち出して興正寺へ向かった。興正寺は京都駅から西の方へ行くと西本願寺があり、その南隣に大きな伽藍を有する真宗のお寺だ。以前にも梅の花を撮影しに来たことがある。梅の名所かと言われると、比較的広い境内の門をくぐったところに、紅梅と白梅の2本の梅の木しか見当たらない。そういった意味では名所とは言い難いかもしれないが、京都市内においては、梅園というものを除いて境内の中に梅の花がたくさん咲いているというところはほぼなく、いわば珍しい方の存在となる。そういった意味で名所として数えられるんだろう。
創建は鎌倉時代で途中残念ながら炎上し、伽藍は焼失してしまった。そういうわけで現在の阿弥陀堂などの壮大な建造物は比較的新たに再建されたものだ。それにしても堂宇にしろ 山門にしろかなりの迫力がある。どうしても隣の西本願寺があまりにも壮大なので、その横に鎮座する興正寺は見逃されやすい状態になってしまう。無料駐車場もあり場所も便利なので訪れやすい場ではあるものの、植栽が少なくその点残念な面もある。

梅の木は中央の山門をくぐるとすぐに、向かって右側に紅梅、左側に白梅の木がある。見た瞬間、花々はかなり散ってしまって遅すぎたのかもしれないと感じた。地面には散った花びらが多数見られる。白梅の方は全体の3割くらいしか残っていない。紅梅の方はまだ半分以上は残っているという状況だ。
これらを貴重なお寺の境内にある梅の花 として、何枚も何枚も撮るていく。クローズアップで撮ろうにも、レンズ自体がマクロ非対応で超近接撮影は不可能だった。なるべく近づいてもなかなか ピントが合わない。こうしてかなりな枚数を立て続けに撮影する。あいにくの曇り空であり、背景はどうしても灰色の状態だ。これが青空ならばかなり映えた写真になるのだが、そうはいかない。

一通り花を撮影すると今度は、建造物の方にカメラを向ける。再建されたものであるだけに、全体としては目で見ても比較的新しいのがはっきりとわかるが、しかし巨大な建造物であるだけに、かなり目立った存在で写真を撮っていても迫力がある。お寺の建造物はほとんどが黒から茶色の色合いとなり、仏殿の内部の派手さとは対照的だ。阿弥陀堂の扉が開けられていて誰もが自由に参拝することができた。目の前に本尊の阿弥陀如来像(らしい)がある。若干距離があるので細かい点はわからないが、撮影禁止の注意書きはなかったので参拝後撮影させていただいた。当然室内もかなりの広さであり、大勢の人が訪れても全く困らないが、やはりこちらへ訪れる人は少数派となるようだ。

真宗のお寺ということで、親鸞との関係となる。最近では親鸞の教えをまとめた「歎異抄」関係の書物が随分出版されている。少し大きめの本屋に行くと、必ず行ってもいいほど 歎異抄が見られる。著者は鎌倉時代の親鸞と言いたいところだが、彼ではなく親鸞の弟子にあたる唯円という人物のようだ。これには他説もあり確定的なものではないということだ。
親鸞は法然からの教えを多く聞き取り、それをまとめて浄土真宗の教えというものをまとめ上げ、さらに親鸞の弟子たちにそれを伝えていった。ところがその過程の中で教えの内容を間違って受け止めたり、別の解釈をしたりするケースが現れたりして、教団の中でも混乱が生じることになった。それを受けて唯円が改めて親鸞の教えを一つ一つまとめて、浄土真宗の教えの基本とするために著したのが「歎異抄」だ。
私は高校時代に「倫理社会」の授業で、夏休みの宿題に担当教諭から示された書籍一覧表の中から、2冊を選んで感想文を提出するという課題に、この「歎異抄」を選んでいる。これを選んだ理由は仏教に関心があったからというよりも、実際高校近くの書店に行ってどれにしようか、100冊もある課題書の中から2冊選ぶというのは結構時間かかるもので、たまたま「歎異抄」岩波文庫版を見た時に、かなり薄いという不遜な理由で選んでしまった。ちなみにもう一冊は選んだ理由は覚えていないがエーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」を選んでいる。これはこそこの厚さがあり読み応えがあった。なぜか最近書店でこの「自由からの逃走」が再販されているのを見た。何十年ぶりかの出会いで懐かしかった。この著作の感想文を書いたことで、担当教諭から最優秀の評価をいただきクラスの中で発表させられたのを鮮明に覚えている。この2冊が後に仏教や哲学に興味を持ち、行くつもりのなかった大学に行くことになったきっかけだったのかもしれない。
「歎異抄」の中で最も有名な言葉は「悪人正機」説だ。「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」これはかなり誤解を招くような四文字熟語になっていて、現在でも間違って捉えている人がずいぶん多いと思われる。テレビ・コマーシャルなどで一流企業が この言葉を誤用して、浄土真宗教団から抗議を受けたケースが何件かあったと聞く。そういった意味では、誰が読んでもすぐに内容を理解できるというものでもないかもしれないが、読む価値は十分にあると思われ、解説本も色々と出ているので、気持ちの中に心の中に 悩み事その他がある場合には、この書物を読むことをぜひおすすめしたいところだ。
(国宝 西本願寺・飛雲閣)

興正寺の方も西本願寺と合わせてぜひ、訪れることを進めたい。なお興正寺の境内からは北向かいに、西本願寺の飛雲閣が上部だけだが見ることができる。阿弥陀堂の廊下からはもう少し見えるので、おすすめと言える。飛雲閣は通常は公開されることのない国宝の建物であり、今現在はたまたま公開中であり、訪れるにはいい機会だ。ただし飛雲閣の境内や建物は撮影ができるかどうかは分からない。