
地福寺は千本丸太町の交差点から西北の方向にある。閉門されていて本堂や境内の様子は 一部しか見えず、よくわからなかった。境内の片隅から梅の木が高い枝を伸ばしており、それがしだれ梅として大きく垂れ下がっていた。ほぼ桃色の花で非常に風情のある光景を呈していた。この付近の多くのお寺には境内に木々があるものの、梅の木は他に見られなかったので一層目立つ存在として際立っていた。

創建は平安時代初期の頃で弘仁年間(810から824年)の頃とされている。元々は今の場所でなく、当時の嵯峨天皇の許可が出て太秦の地に創建された。ずっと後の江戸時代、享保年間に現在地に移転したとのことだ。
本尊は薬師如来であり、当初は違ったもののこの如来が道空和尚の念持仏として、小さな穴の開いた石を奉納し祈願すると、耳の不自由な人が治るという信仰があって、地域の七不思議の一つとして数えられている。このことによって改めてこの薬師如来が寺の本尊となった。
真言宗醍醐派のお寺で、京都12薬師霊場会第5番札所となっている。真言宗醍醐派というのは、伏見区にある醍醐寺を総本山とする宗派であり、空海を祖とする。当時はまだ醍醐派という扱いではなかったが、真言宗においては東寺が総本山の扱いを受けることになり、その結果ずっと後年になって正式に真言集醍醐派が独立する。
山門の横に駒札が立っていたが、経年劣化により書かれている文章が全くと言っていいほど読むことはできない。是非とも新たに作り直してもらいたいものだと思う。
