切れ切れ爺さんのつれづれ日記

京都の寺社紹介と多様な社会問題・闘病記等

《 きょう、12月8日はかつて・・・ 》      2025.12.8

 今日は2025年12月8日。普段のいつも通りの1日が過ぎていく。私は曇り、そして 小雨の中、京都市内の神社に紅葉の撮影に行ってきた。天候は悪かったものの写真に撮ると、赤い色が鮮明に浮かび上がる。一眼カメラでもそうだが、スマホでもなかなか綺麗な色の写真を撮ることができる。社会・文化・技術などの発展は様々な 恩恵を私たちにもたらしてくれる。日本という国はそういったものがかつては世界でもトップクラスだったが、今では若干遅れを取っている面もある。しかし様々な問題を課題を抱えつつも、国民生活が比較的高いレベルで送ることができるというのはありがたいことでもある。もちろん様々な社会的な問題を抱えていることも一方の事実であるし、特に経済的な貧困を含む社会の格差問題は、政治的にも極めて重要な問題となっている。ましてこのような問題を取り扱う政治家たちが裏金問題や企業からの違法な寄付を受けている問題などが次々に発覚し、最終的には何もなかったかのようにうやむやになり、少し時が経つと人々は忘れてしまう。

 

 戦後80年という一つの節目の年に、私たちの社会は大きな変遷を経ながら少しずつ、時には急激に発展してきた。様々な要因があったのだろうが、ある意味世界的なレベルで考えた時には、恵まれた面もある社会生活が送れる国の一つとなっているのだ。でもだからと言って、今現在の日本の国の社会的な政治的なあり方には様々な負の面が顔を覗かせている。これらを社会の流れとしてどうしようもないものだと、放置していてはいけない。社会を少しでも良くするためには、国民の様々な意見や行動が重要な役割を果たすことになる。それはただ単に国民が自発的に動くという面だけではなく、社会的に大きな影響を与える新聞やテレビなど、そして最近では SNS などを通したメディアが果たす役割が極めて大きくなっている。

 

 今日1日空いている時間を使ってニュース情報番組などを見ていたが、「12月8日」のことを報道している場面をただの一度も見なかった。たまたま私が用があって見られなかったのかもしれないが、少なくともメディアの報道があったとしても かつてに比べると、大幅に減っているのは事実だと思う。

 一体何のことを言っているのか。つまり「12月8日」というのは、 1941年に遡ると、この日は日本が当時は大日本帝国と言っていたが、アメリカとイギリスに対し 全面戦争を始めた日なのだ。第二次世界大戦はすでに、その2年前にヨーロッパで始まっていた。太平洋側においてこの日に日本は、「対米英開戦」となり、ハワイの真珠湾を攻撃すると同時に、マレー半島で進軍を開始した。

 戦争の経過や配線、その結果などについてはここでは述べないが、少なくともかつて日本が戦争を始めたという歴史的な事実は残ることになる。もちろん 100年経っても1000年経っても、記録として残るのだ。だからこそ戦後の日本は不戦を誓い「日本国憲法」においても、第9条で戦争放棄と武器の不使用を定めた。このことを日本国民は忘れてはいけないのだ。直接戦争を体験した人は、もうほとんどいなくなってしまっている。経験したと言ってもその人々が子供の頃のこととなる。

 

 今、夜のニュース番組でようやく日本が戦争を始めたことを時間を取って報道している。これらは今の中高年だけではなく、特に若い人々に対して伝えなければならないという意味合いを込めて、報道されているものと考えていいだろう。そうでなければならないのだ。

 

 今現在、世界の国々の状況はかなり大きく動いており、実際に戦争状態にある地域がある。直接戦争に関係のない女性や子供たちにも多くの犠牲者が出ている。日本は関係ないだけでは済まされない、国際連携というものが求められているのだ。このブログにおいてもわずかながら、こういった事実を知ってもらうためにも、という気持ちから書いている。ほとんど読者のいないようなブログだが、たとえ一人でも2人でも読んでいただければという思いだ。

 日本も戦闘用の武器を本格的に他国へ輸出する事態となっている。完全に憲法違反だ。本当にこんなことでいいのか。これを許していいんだろうか。日本総保守化と言われる今の日本において、どれだけの人が、日本およびそれを取り巻く周囲の状況に危機感を持っているのか。 SNS などの人々の意見や訴えを見ていると、私個人としても極めて強い危機感を覚える。

 偉そうなことを書いているが、高齢者としてできるのはせいぜいこんなことくらいかもしれない。少なくとも気持ちの中では絶対に忘れることはないと思っている。