切れ切れ爺さんのつれづれ日記

京都の寺社紹介と多様な社会問題・闘病記等

蝋梅を探して・・・勝念寺   京都市伏見区    2024.2.7 訪問

勝念寺

 

『勝念寺(かましきさん)
 浄土宗知恩院末の当寺は織田信長公が深く帰依した聖誉貞安上人により天正十五年(一五八七)に開創された。
 本能寺の変で信長は本能寺で、嫡男信忠は御池御所で自刃した。
 正親町天皇の勅命により貞安上人は信長・信忠父子の菩提を弔うため信忠自刃の地である御池御所を賜り大雲院を開創し、同時に時の天下人豊臣秀吉公の城下町である伏見丹波橋に一寺を開創して安養山勝念寺と号した。
 貞安上人が織田信長公より安土で賜った仏像が伝わる。
 釜敷地蔵尊は地獄で釜茹の責めに苦しむ亡者に代わり自ら釜の中で苦を受ける身代地蔵尊である。
 「かましきさん」として江戸時代より信仰を集めている。
 閻魔法王自作像は平清盛の頃、閻魔が慈心坊尊恵に自刻して授けた慈悲相の小像で、詳細な縁起が付属する。
 また多羅観音(緑度母)は観音の涙より生まれ、女性の身のままで成仏すると誓った女性尊である。
 チベット仏教の仏像としては日本で最古に属する仏像と思われる。
 天明伏見義民の一人柴屋伊兵衛は直訴に際し死を覚悟して永代回向料として敷地を当寺に寄進し、両親と先祖の墓を残した。
 当寺は小規模ながらも信長ゆかりの仏や伏見の逸話を今に伝える貴重な寺である。
  京都市』  (駒札より)

   

 勝念寺には何度か訪れている。前回は1年半前に「萩の花」の名所として撮影しに来た。開門されていて入り口からもうすでに、萩のジャングル状態。つまり比較的狭い境内には 萩の花や葉などで満杯状態となり、本堂すらなかなか見えないという状態。ちょうど彼岸花の季節でもあり、萩の花と彼岸花の真っ赤な色が見事なコントラストを見せていた。本来ならば本堂の向かって右側に桜や小さな梅の木があり、比較的ゆったりした雰囲気がある。しかし萩のジャングルには全く驚いてしまった。

 

 今回は蝋梅の木があるということで訪れた。境内はすっきりしていて本堂の右側に樹木や花のスペースが設けられ、小さな紅梅と白梅の花がすでに咲いていた。これらが大木に成長するにはまだまだ数十年かかるだろう。私はすでにこの世にはいないはずだ。そして同じ場所に黄色い花を咲かせる蝋梅が梅の木よりも大きく、貫禄があるように見えた。これらのスペースを回りながら撮影していく。接写することによって背景がボケ、画像にメリハリがつく。撮影対象としては格好のものだ。他にも単独で花を咲かせる狼狽の木があり、それらも撮っていく。もともと古くからの住宅街の中のお寺であり、敷地全体は狭い方となる。一部のスペースが駐車場となっていた。
 蝋梅の花が密集しているお寺というものは、おそらくほとんどないと思われ、そういった意味では一部の民家で密集させて栽培しているものや、自生で密集しているケースはあるが、お寺としてはこれだけあれば十分に見応えがあると言える。そういった点では名所とは言わずとも、蝋梅の花の鑑賞や撮影をするという分には十分と言える。